施主様と相談しながら、
一緒に家を作る。
距離の近さが、
大工仕事の
励みになっています。

柴田 勇一郎 | 大工SHIBATA YUICHIRO

一級建築大工技能士
1996年生まれ、奈良県出身。大工らしい凝った仕事をしたいと思い、2017年入社。

兄弟子たちの熱意を感じる日々が、大工として、人としての自分を成長させた。

兄弟子たちの熱意を感じる
日々が、
大工として、
人としての自分を
成長させた。

僕の祖父が大工だったんですが、僕が物心ついた時には既に引退していました。でも、幼稚園の頃から将来の夢が大工だったのは、「おじいちゃんが大工」というすり込みが影響しているかもしれませんね。木又工務店には社会経験のないまま入社しましたが、木又さんをはじめ、兄弟子たちの仕事に対する熱意や振る舞いを日頃から身近に感じられたおかげで、技術はもちろん、人としての成長を実感しています。今、何事にも前向きでいられるのは、木又工務店に入社できたおかげだと思っています。

一つひとつていねいに。見えないところも手を抜かない、気を抜かない。

一つひとつていねいに。
見えないところも
手を抜かない、気を抜かない。

この仕事で意識しているのは、施主様の顔を思い浮かべながら、一つひとつていねいに作業をすることです。工事が進んでいくと、構造などの中の部分は途中から見えなくなります。しかしその部分こそ、いちばん大事。見えないところこそ手を抜かず、気を抜かず、ですね。もちろん「家を建てる」という、施主様の一生に一度の大きな買い物を任せていただいていることも、常に意識しているところです。

施主様との距離が近くなる。大工仕事の醍醐味を知った、初めての感覚が忘れられません。

施主様との距離が近くなる。
大工仕事の醍醐味を知った、
初めての感覚が忘れられません。

施主様が代々管理されてきた山の木を使って家を建てたい、という物件を手伝ったことがあります。木又工務店としても初めてのパターンで、チェーンソーを購入するところから始まりました。伐採した木を山から下ろすダイナミックな作業も印象的でしたが、当時修業中だった僕を、施主様がご飯に連れて行ってくださるなど、すごく良くしていただいて……。施主様との距離が近づいた初めての経験で、あの感覚は今でも忘れられないです。実は当時、仕事を辞めたくて仕方がない時期だったんです。木又さんが僕を現場に連れて行ってくれたのも、僕の様子を見かねてのことだったかもしれません。それからは「施主様と一緒に家を作っていく」という感覚が、仕事の上でもモチベーションになっています。

兄弟子・弟弟子関係なく、大工として高め合えている。それが、木又工務店の強みです。兄弟子・弟弟子関係なく、大工として高め合えている。それが、木又工務店の強みです。

兄弟子・弟弟子関係なく、
大工として高め合えている。
それが、木又工務店の強みです。

しっかりとした技術を持った大工がたくさんいること。これは、他の工務店には負けないと思います。「大工衆」というと、ゴリゴリの職人のイメージがあると思いますが、木又の大工は兄弟子・弟弟子の規律はもちろんありますが、お互いが高め合える存在。新しい現場を担当している人に「これ、どうやってやるの?」と、知らないことや新しい仕事のことを聞き合えるいい関係を築けています。僕自身、年々この仕事への愛着が増していって、今がいちばん楽しいですね。もっと取得資格を増やして、木又さんをカバーできるようになれたらと思っています。

柴田 勇一郎

一本一本の木に、
大工をはじめ、
いろんな職人の思いが
こめられています。

自分が現場棟梁を担った物件を見るたびに「大工っていい仕事やな」って思います。一本の木が伐採され、乾燥、加工などを経て現場に運ばれ、家を形作っていく。木の家は短期間で完成できるものではありませんが、一本の木が家づくりに使われるまでの過程や、それぞれを担う職人の思いを考えると感慨深いものがあります。そこが木の家の良さかなと思います。だから、もっとたくさんの人に木の家の良さを知ってもらって、木にこだわった家がどんどん増えればいいなと思います。長い間、形として残る仕事だけに責任も重いですけど、やっぱりいい仕事です。